大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)4134号 判決

原告

甲斐田裕治

ほか二名

被告

山田邦夫

主文

一  被告は、原告甲斐田裕治及び同甲斐田将治に対しそれぞれ金一六〇二万七一九四円、同甲斐田喜代子に対し金三二〇五万四三八八円及びこれらに対する平成元年二月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告甲斐田裕治及び同甲斐田将治に対しそれぞれ金二一〇九万五二八〇円、同甲斐田喜代子に対し金四二一九万一五六〇円及びこれらに対する平成元年二月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  被告は、自己のために運行の用に供する普通貨物自動車(熊谷八八な三〇四七、本件車両)を運転し、その助手席に甲斐田治彦(被害者)を同乗させて県道保谷志木線(本件道路)を保谷方面に向けて進行中、平成元年二月二二日午前〇時ごろ、新座市片山一丁目二一番三一号先において、下水道築造工事現場の防護柵に本件車両を突入させたため、右防護柵に使われていたパイプがフロントガラスを破つて被害者の頭部を砕き、被害者が即死した(当事者間に争いがない。)。

二  右事故について、被害者の妻あるいは子である原告らが、本件車両の所有者である被告に対し、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき損害賠償を求めているのが本件訴訟である。

三  被告は、被害者及び原告らの損害額を争うほか、被告が、事故前日朝からほとんど食事も取らずに営業に回り、夜には被害者に連れられてソープランドに行つて遊ぶなどして著しく疲労しており、本件事故もこのような疲労の結果によるものであるところ、被害者はこのような被告の疲労状態を知りつつ同乗したのであるから、事故発生の危険性を認識しえたものとして過失相殺すべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  葬儀費用

証拠(甲八の一ないし六)によれば、原告らは被害者の葬儀等のために一八七万九〇〇〇円を支出したものと認められるが、そのうち一〇〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認め、原告らはこれをその法定相続分に応じて負担したものと認める。

2  逸失利益

証拠(甲四の一、二、同五の一四、同六)によれば、被害者は、本件事故当時三五歳の健康な男性であり、株式会社叙々苑に勤務し、昭和六三年には年間五七九万五五〇〇円の収入を得ていたことが認められ、同会社には定年制がないことから被害者は六七歳までの三二年間同会社において就労できと認めるのが相当であり、右期間について前記収入と同額の収入を得ることができたものと推認されるから、被害者の生活費を右収入額の三〇パーセントとし、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して被害者の本件事故による逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、次のとおり、六四一〇万八七七七円となる(円未満切捨て。)。

5,795,500円×15.8026×(1-0.3)=64,108,777円

3  慰藉料

証拠(甲二、同五の一四、一六)及び弁論の全趣旨によれば、被害者は、被告が以前勤務していた株式会社松原ミートが被害者の勤務する株式会社叙々苑と取引関係にあつたことから被告と知り合い、以後本件事故までの一〇年近く、被告が独立して精肉卸業を始める際には取引先を紹介するなど被告の事業に積極的に協力し、また、被告とは仕事関係にとどまらず、いわゆる家族ぐるみのつきあいをしていたこと、被害者には本件事故当時妻と七歳と三歳になる子供がおり、専ら被害者の収入で生計を立てていたことが認められ、その他後記認定の本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、本件事故による被害者の精神的苦痛を慰藉するには二一〇〇万円が相当である。

4  証拠(甲二)によると、被害者の相続人は妻である原告甲斐田喜代子と子である同裕治及び同将治の三名であることが認められるので、原告らは被害者の右2及び3の損害賠償請求権をその法定相続分に従つて相続したものである。これに右1の損害を加えると、各原告の請求権は、原告甲斐田喜代子につき四三〇五万四三八八円、その余の原告らにつき各二一五二万七一九四円となる(円未満切捨て。)。

二  過失相殺

1  証拠(甲五の二、三、八、一二ないし一八)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件道路は、志木方面から保谷方面に通じる片側一車線の歩車道の区別のあるアスフアルト舗装された道路であり、車道幅員は約七・一メートル(志木方面から保谷方面に向かう部分の幅員は約三・三メートル)、本件事故現場付近は平坦で、保谷方面に向かつて緩やかに右にカーブしているが、前方の見とおしは良好であつた。制限速度は時速四〇キロメートルと指定され、路面の状況は本件事故当時は雨が降つていたために湿つていた。

(二) また、本件事故現場においては、飛島建設株式会社が下水道築造工事を施行しており、そのために歩道部分に立坑を掘つて立坑発進基地を設置し、転落等を防止するため立坑の三方を単管パイプで組み立ててネツトフエンスを張つて囲み、このネツトフエンスは道路の車道と歩道を区別する縁石から車道側に約四〇センチメートル張り出していた。この工事現場に対する注意を促すためにネツトフエンスには点滅する電球をいれたチユーブが取り付けられており、ネツトフエンスの志木側と保谷側の車道上にはそれぞれに内側に電球を入れて重しをのせたセーフテイーコーンが数個置かれ、さらに作業基地方向を照らす水銀灯が三基設置されていた。

(三) 被告は、本件事故当時精肉卸売業を営んでおり、本件事故の日の前日である平成元年二月二一日はいつもと同様に午前五時三〇分ころ肩書住所地の自宅を出て品川区にある屠殺場に行き、精肉を購入し、午後二時ころから取引先を回つて精肉を売りさばき、六軒目の株式会社叙々苑でその日の仕事を終えた。被害者は同会社に勤務していたが、被告は、そこで被害者と会い、被害者が埼玉県新座市にある自宅から電車通勤しているのを知つており、また当日は雨が降つていたことから、家まで送る旨申し出たところ、逆に被害者から以前より約束していたソープランドに行こうと誘われ、同人のおごりでソープランドに行くことになつた。被告は、本件車両に被害者を同乗させて、浅草にあるソープランドに向かい、同店で遊んだ後、再び本件車両に被害者を乗せて新座市に向かつた。途中、被告は被害者に誘われてそばを食べたが、このとき被害者は被告が朝から食事をしていないことを知つていた。その後、本件道路を保谷方面に向かつて時速約五〇キロメートルで進行中、被害者の自宅近くまで来たところで、被告は、助手席で寝ている被害者をどこで起こすか、本件車両をどこに停車させるか等と考えていたところ、運転を誤つて前記セーフテイーコーンに本件車両を衝突させ、これに乗り上げてハンドルを取られ、前記下水道築造工事現場のネツトフエンス部分に衝突し、そのため単管パイプが本件車両のフロントガラスを突き破つて被害者の頭部を砕いた。

(四) なお、被害者は本件事故前にも何度か被告に本件車両で自宅まで送つてもらつたことがあつた。

2  右事実によれば、たしかに、被告は、朝早くから働いていたこと等のため、本件事故当時多少の疲れがあつたことは否定できないけれども、しかしながら、被告は、ソープランドを出た後も本件車両を本件事故現場まで正常に運転してきており、居眠り運転等の事実はなく、被告の自動車運転について事故発生の危険性が高いと客観的に認識しうるような事情があつたと認めることはできないのであるから、そうすると、被害者において被告の運転する自動車に同乗したことが落度であるということはできず、したがつて、被告の過失相殺の主張は採用することができないというべきである。

三  損害の填補

原告らは、本件車両に付されていた自動車損害賠償責任保険から本件事故による損害の填補として二五〇〇万円を受領している。右金員を原告らの相続分に応じて前記損害額に填補すると、残存する請求額は、原告甲斐田喜代子につき三〇五五万四三八八円、その余の原告らにつき各一五二七万七一九四円となる。

四  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告甲斐田喜代子につき一五〇万円、その余の原告らにつき各七五万円と認められる。

(裁判官 原田敏章 長久保守夫 森木田邦裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例